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仙台高等裁判所秋田支部 昭和29年(ナ)2号 判決

原告 村上克郎

被告 福士永一郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「昭和二十九年七月二十八日執行の黒石市長選挙に当り黒石市選挙管理委員会により当選者として告示された被告の当選は無効であることを確認せよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めその請求の原因として、原告は昭和二十九年七月二十八日執行の黒石市長選挙の選挙人であるところ、右選挙の結果、当時市長候補者であつた被告は同年同月二十九日黒石市選挙管理委員会から他の二名の候補者より得票数が多いとの理由で市長当選者として告示されたので黒石市長に就任し現在市長の職務を執つている。しかしながら右選挙において被告の選挙運動の総括主宰者であつた訴外横山元衛(黒石市大字内町四十五番地)は右市長選挙に当り公職選挙法第二百二十一条の罪を犯し同年九月三十日弘前簡易裁判所の略式命令によつて罰金四万五千円に処せられ、該略式命令の謄本は同年十月四日同訴外人に送達されたのに拘らず同訴外人はこれに対し法定の十四日内に正式裁判の請求をしなかつたので同年十月十八日右略式命令は確定した。よつて被告の右当選は同法第二百五十一条の規定に基き無効となるので、同法第二百十一条の規定に従い前記略式命令確定の日から三十日以内である同年十一月十四日本訴を提起し被告の当選無効の確認を求めると述べ被告の仮定抗弁事実を否認した。

被告代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中訴外横山元衛が被告の選挙運動の総括主宰者であつたとの点は否認し、その余の点はすべてこれを認めると述べさらに第一、(イ)被告は昭和二年九月から昭和二十二年四月まで青森県議会議員に、昭和二十二年四月から昭和二十九年六月まで黒石町長に在任したが、その間県議会議員選挙に四回、黒石町長選挙に二回立候補しいづれも当選した。(ロ)訴外横山慶太郎は、被告が昭和二年県議会議員選挙に立候補した際(第一回)、選挙事務長田中藤次郎の参謀となつて活躍し、ついで被告が第二回目に県議会議員選挙に立候補した時は、自ら選挙運動を総括主宰したのであり、昭和二十九年七月二十八日施行された本件黒石市長選挙に当つても、総括主宰者となり、大平正英、鳴海清四郎、中村亀吉等を参謀として被告の選挙運動の全般を指揮支配した。訴外横山元衛は右慶太郎指揮の下に選挙運動に従事したのにすぎないもので、決して総括主宰者となつたものではない。(ハ)右横山慶太郎は被告が黒石町長選挙に立候補し、青森県議会議員選挙に立候補するのを辞退しこれを訴外高樋竹次郎に譲り同訴外人を立候補させた際、同訴外人の選挙事務長となつてその選挙運動一切を指揮したことがあるのみでなく、従来から各種会社の重役、黒石町会議員、弘前税務署管内所得調査委員、黒石町農業会理事、黒石町公安委員長を歴任し現に黒石市社会福祉協議会長などの要職にあり黒石市の名望家として知られ、選挙運動の経験も極めて豊富で総括主宰者の適任者である。第二、公職選挙法第二百十一条第二百五十一条にいわゆる総括主宰者とは、候補者のため選挙運動の中心となつてその運動を全面的に支配する実権を有するものであり、その支配権はその候補者のため選挙運動が行われる全地域に渉つていることを要する。しかるに訴外横山元衛は単に立看板ポスターに掲示責任者としてその氏名を表示したのみであり、その選挙運動たるやトラツクの上乗をなし、知己に対し被告へ投票するよう依頼した程度にすぎないから、被告の選挙運動を全地域に渉り全面的に支配したものとはいえない。すなわち総括主宰者ではない。第三、仮定抗弁訴外横山元衛が事実上被告のためいわゆる総括主宰者の地位において選挙運動に従事したと仮定しても、被告においてはその事実について全く認識がなかつたから、改正前の公職選挙法第二百五十一条第一項但し書中「選挙運動を総括主宰した者であることを知らなかつたこと」に該当し、同訴外人の違反行為によつて被告の当選は無効とならないのである。元来被告が本件黒石市長選挙に立候補することを決意するにいたつたのは、訴外横山慶太郎から強い要望があつたことと、同訴外人との間には第一記載のように特別に深い関係があつたため同訴外人において総括主宰者として全責任を負い本件選挙に臨むことを言明したからであり、被告は同訴外人に一切を委ね、同訴外人において事実総括主宰者の任務を遂行したのである。而して訴外横山元衛が本件選挙に当り被告のため選挙運動をなしたのは、右慶太郎の命によるもので、被告が直接右元衛に何等かの事務を委嘱した事実はなかつた。以上のような関係であるから被告は元衛が被告の選挙運動の総括主宰者であつたと仮定しても、これを全く知らなかつたのであると陳述した。(証拠省略)

理由

原告が昭和二十九年七月二十八日執行の黒石市長選挙の選挙人であること。右選挙の結果、同市長候補者であつた被告は、同年同月二十九日黒石市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)から他の二候補者よりも得票数が多いとの理由で同市長当選者として告示され同市長に就任し、現在同市長の職務を執つていること。訴外横山元衛が右市長選挙に当り公職選挙法第二百二十一条の罪を犯し同年九月三十日弘前簡易裁判所の略式命令により罰金四万五千円に処せられ該略式命令の謄本は同年十月四日同訴外人に送達されたのに拘らず同訴外人において法定の十四日の期間内に正式裁判の請求をしなかつたので、該略式命令は同年十月十八日確定したことは、当事者間に争のないところである。

原告は訴外横山元衛が被告の選挙運動の総括主宰者であつたと主張するに対し、被告はこれを争うので案ずるに、成立に争のない甲第一乃至第十七号証、証人清藤志郎、同佐藤信夫、同笹森一郎、同柴田黎二郎の証言原告本人尋問の結果によると、黒石市大字前町四十四番地の二岡崎旅館(岡崎守三方)にあつた被告の選挙事務所前に設置された立看板、同市内各所に掲げられたポスター等には掲示責任者として横山元衛の氏名が表示されていたこと。被告が本件選挙における立会演説会で同訴外人をその選挙運動の責任者であるように述べたこと。同訴外人が本件選挙運動中右岡崎旅館二階にあつた特別の部屋を使用していたこと。同訴外人は本件選挙の開票が終り被告の当選が明らかになつたとき参集していた運動員一同に対し感謝の辞を述べたこと。同訴外人はもと黒石町議会議長であり政治的名声のあることを認め得るので同訴外人が被告の選挙運動の総括主宰者であつたような疑を起さしめるが、これだけをもつては原告の右主張を認めるに足らずその他にこれを肯認するに足る証拠はないのみでなく却つて成立に争のない乙第一号証、証人横山元衛(第一、二回)同横山慶太郎、同鳴海清四郎、同大平正英、同中村亀吉、同扇谷多次郎、同小田桐健之助、同種市邦雄の証言、検証の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件選挙の執行された前記昭和二十九年七月二十八日頃訴外横山慶太郎は七十三歳位、その子訴外横山元衛は四十一歳位であり、右慶太郎は早くから黒石市(昭和二十九年七月一日合併以前は黒石町)において林檎移出業を営むかたわらかねてから弘南鉄道株式会社の監査役または取締役、黒石信用金庫理事長、黒石町農業会長などの公職を歴任し、大正十年頃から二十六年間黒石町議員をつとめ、さらに被告が昭和六年、昭和十年、昭和十四年の三回青森県議会議員選挙に立候補したときは、いづれもその選挙事務長となり、また被告が昭和二十二年、昭和二十六年の二回黒石町長選挙に立候補したときも、いずれもその選挙運動の総括主宰者となつたことがあるのに右元衛は本件選挙以前に被告の総括主宰者となつたことはないこと。慶太郎は本件選挙運動期間中殆ど毎日前記岡崎旅館の二階奥の一室を独占使用しこゝにおいて被告の選挙運動のいわゆる参謀格であつた鳴海清四郎、大平正英、中村亀吉等と協議して重要事項を決定しその決定を自ら或は右鳴海、大平、中村等を通じて下部の運動員に伝へ、また右運動員等の報告も右大平等を通じて受けていたこと。元衛は前叙のように黒石町議会議長であつたことなどのため近年一般市民に名を知られていたのでこの点から立看板ポスターなどの掲示責任者となしたものであり、一般に掲示責任者は必ずしも総括主宰者と一致するものではないこと。被告が立会演説会で元衛をその選挙運動の責任者であるように述べたのは必ずしも元衛がいわゆる総括主宰者であるという意味ではなく、いわゆる幹部というような意味であること。元衛が使用していた特別の部屋は、前記岡崎旅館の二階表側の部屋で、慶太郎が使用していた二階裏側の部屋とは全く別であり、慶太郎使用の部屋の方が他の部屋とは廊下、土壁その他の障壁で隔てられ元衛使用の部屋より秘密の協議をなすのに好適であること。元衛が本件選挙の開票の結果被告の当選が判明したとき、運動員一同に対し挨拶したが、その場に慶太郎も居り計算事務を執つていたこと。元衛はしばしばトラツクに搭乗し街頭演説に赴き、または被告の演説会に臨みその外部における選挙運動に当り、また下級の選挙運動員に対し運動方針を授けたり、或は外部との接衝に当ることがあつたが、これらはすべて慶太郎等の協議決定するところに基いたものであつたことを認めることができるので、被告の選挙運動の総括主宰者としてその選挙運動の中心となりその全般を支配していたのは訴外横山慶太郎であり、訴外横山元衛ではなかつたものとなすべきである。

しからば原告の被告に対する訴外横山元衛が被告の選挙運動の総括主宰者であることを前提とする本訴請求は失当として棄却するの外ない。すなわち民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浜辺信義 松本晃平 兼築義春)

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